離島の旅シリーズ(こちら)の㉖。
今回の記事は大東島旅行記の10回目。「7/10南大東島旅行記②」(こちら)の続きで7/11南大東島旅行記③となります。
本日は「台風」の影響で飛行機が欠航し延泊。昨日一昨日で島の観光スポットはほぼ見終っていますので、あてなく島を回ります。幸い台風は大東島には直撃せず、風は強いものの雨は降っていません。海は大荒れですが高台からならば見ることはできそうです。
以下写真付き記事。
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2026年7月11日。6:00。ホテルの窓から朝日がうっすら望めました。

6:20 大型で強い台風9号は先島諸島に直撃の模様。

6年前、2020年に訪れた石垣島(こちら)。大丈夫だろうか。旅行で訪ねた先で知り合いになった方もいるので、とても心配で心落ち着かない。とはいえ、

(比較図はChatGPTさん作成こちら)
同じ沖縄県とは言え、大東島と石垣島は東京ー岡山ほど離れている。「絶海の孤島感」がまたひとしお湧いてきます。
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7:00 ホテル朝食。ホント、社食みたい。

部屋に戻って特に急いで行くところもなし。荷造りなどして過ごす。8:50にとりあえず出かけてみようという気になって外出。
9:30 北港上の駐車場へ来てみた。

おお、海と雲の間の向こうに北大東島が見えた!

拡大します。分かるかな?

目を凝らすと分かるよね。あーうれしい。
ここで海と空、北大東島を見ながらしばらくぼーっとしてました。30分ぐらいw。
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さてと。次はどこにいこうかな~。とグーグルマップ見ていいたら秋葉神社なるところが。あれ?あれあれ?・・秋葉神社って北大東にもあったんじゃ。これって 「大東神社(南大東)・大東宮(北大東)」のように対になるところなのかな。てことでまたグーグルAIさんに聞いてみました。
「大東神社・大東宮」と「秋葉神社」の決定的な違い
・大東神社(南大東)と大東宮(北大東)
考え方: 完全に対になる存在です。玉置半右衛門率いる八丈島からの開拓団が、大東諸島全体の総鎮守・開拓の象徴として、日本の最高神である天照大神をそれぞれの島に祀りました。
・両島の秋葉神社
考え方: 最初から「二つの島でセットで建てよう」と計画されたものではありません。それぞれの島で「火伏せ(火災除け)」の必要性が生じたタイミングで、個別に建立されました。
とのこと。なるほどねぇ~。では行ってみましょうか。

ところが。グーグルマップだとなんだか裏側から案内されてなかなか行きつけない。実はぐるっと回って反対側に参道入口があります。MAPを貼っておきます。
参道入口はここ。

車の場合は参道を通らず、脇道を通って階段の登り口まで行けます。(上掲のMAPを参照してください)
参道を抜け、階段の登り口からは結構急な階段を上ります。

鳥居が見えました。

本殿とかはありません。社がぽつんと立っていました。参拝。

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いったん麓までおりて、もう一つの階段を上ると忠魂碑があるようなので、せっかくだから行ってみます。

こっちはあまり人が来なそう。ひどい荒れようです。

忠魂碑。海軍の戦争遺跡として登録されているようです。

石碑の脇に入口があり、壕になっています。

中に入れなくもない感じです。入ってみようかと覗きこんでみましたが、ふぅっと何かの気配を感じましたので止めておきました。忠魂碑。英霊の魂が揺らいで眠りを妨げてはなりません。静かに手を合わせて下がりました。

秋葉神社・忠魂碑を見て階段を下りてきて車に乗り込もうと見渡すと、一面サトウキビ畑が広がっていました。ざわわざわわざわわ・・と森山良子さん「さとうきび畑」の曲が脳裏に浮かびました。
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11:20 南大東漁港に来てみました。

他の港と違い堤防の内側は下までおりることができました。

堤防の外は荒波なのに内側は静かに揺れています。港湾の入口には釣り人がいました。先っちょまで恐る恐る行ってみました。

波は荒れ狂ってますね。釣りはぜんぜん釣れてないそうです。
港内は落ち着いています。さすが岩盤掘込み式漁港。要塞みたい。

しばし、港内でぼーっとした時を過ごしました。
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12:00 昼飯にします。昨日(こちら)と同じ光食堂さん。

ランチはお休みとのことで親子丼を注文。800円。

まあまあかな。汁がおいしかった。
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13:10 さあどうしよう。とまた海軍棒(こちら)にきました。

やっぱ、荒れてます。

風が強い。車の中から海を見て、またぼーっとしてた。

八丈島からよくこんな遠い島に来たよなぁ。車の中で南大東島についていろいろ検索していたら南大東村のHP(こちら)のこんな記事が目についた。

明治33年。23名の逞しいチャレンジ。すごいですね。

この一番右に名前のある「沖山権蔵」さん。いろいろ調べるとこの方が南大東島で島内で最も初となる貴重な飲料用水(淡水池)を発見したらしい。
【沖山権蔵 おきやま-ごんぞう 1840-1931 明治時代の開拓者。】
天保11年生まれ。明治21年伊豆諸島八丈島の南の鳥島開拓に従事。33年玉置半右衛門による初の沖縄県大東島開拓団に鳥島から参加。南大東島に上陸後最初に飲料用水となる池を発見,池は権蔵池と命名された。昭和6年死去。92歳。伊豆八丈島(東京都)出身。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusより引用こちら)
沖山権蔵さん。1840年に生まれ明治維新を経て明治21年(1888年)の鳥島開拓にゆく48歳までは八丈島で暮らしていた。その後鳥島に移住し12年鳥島で暮らし、明治33年(1900年)、当時60歳になっていた権蔵は、鳥島からそのまま大東島開拓団に合流し、新たな無人島へ渡った。60歳!!還暦ですよ。開拓団では一番年上だったそうです。リーダーですね。その後も開拓に従事し、昭和6年(1931年)に92歳で亡くなるまで南大東島を見守っていたというからスゴイです。
※特筆すべきは権蔵が鳥島を去った明治33年(1900年)のわずか2年後、明治35年(1902年)鳥島で大噴火が発生し、硫黄採掘などのために暮らしていた島民125人(または126人)の全員が死亡・行方不明となったことです。鳥島は甚大な被害により定住者がいなくなり、以降は無人島となりました。つまり、沖山権蔵氏は大東島の開拓団に加わったことにより、一命を取り留めた、ほんの2年の差が、彼の生死を分けることとなったわけです。極めて驚異的な強運と先見の明。昭和6年まで生き天寿を全うした沖山権蔵氏の生涯は知れば知るほど「波乱万丈」。「一歩間違えれば大噴火に巻き込まれていた危機をすり抜け、誰も住んでいない未開のジャングル(大東島)に飛び込んで生き抜く」小説や映画を凌駕するような激動のドラマ。誰か取り上げて映画にでもしてくれないかしらん。きっと面白いと思うよ。
海軍棒の海を見ながらいろいろ調べて考えてたら、なんか沖山権蔵の故郷、八丈島にも行きたくなってきた。
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14:30 よし、権蔵池にいってみよう。

大東神社側から入っていったっていうんだけど。ここらかな。

この原生林をかき分けて行けば池っぽいけれど、足元が不安で・・。沼りそう。急に深くなって抜けなくなったら・・と思うと先に進めないね。
しっかし、権蔵さんをはじめ最初の開拓団の人たちはよくこんな密林を分け入っていったよな、ここを開拓したんだからスゴイよなぁ。
沖山権蔵ら23人の開拓団が入ったのが1900年。今年2026年。わずか126年で島全体にサトウキビ畑がひろがり製糖工場やらシュガートレインやら土地問題があったり戦争があったり多くの困難を乗り越えて今がある。そしてこの島に住むことによって日本の国土が守られている。・・この島の人たちってすごいなぁ。私じゃ絶対に無理だ。
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15:00 さてもう観光も終わりかな。最後に西港にきました(こちら)。

やっぱ、大荒れです。安全を確認しながら見ています。
人の高さを大きく超える波なんて初めて間近でみた。これ以上は近づけないので高台のミレニアムパークに行って上から見てます。
うわ、すげえな。

高台からズームして撮っているからいいようなものの、あの波食らったら一巻の終わりだね。息をのむばかりでした。ずっと見入ってしまった。
旅の最後にここに来てよかった。ほんと、そう思った。1時間ほど波を見ていた。
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16:15 ホテルに戻りホテル代とレンタカー代を清算しました。

どちらもクレジットカードでOKでした。宿泊費が3泊4日で36100円。レンタカーが2日と6時間でガソリン込みで27060円でした。ガソリンの距離計算がキロ20円で北大東島より10円安かった(こちら)。これはありがたかったです。
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19:00 今夜もいちごいちえ(こちら)へ。そして今夜も同じ席。

生ビール。うめぇー。

隣の席のおじさんが「どっからきたの」話しかけてきていろいろ話が弾みました。このお方、50ヘクタールものサトウキビ畑をお持ちの島の方。私よりも10歳は年長で今なお現役とのこと。頭が下がります。ちょっと方言が入って何を言っているのか分からないところもありましたが、なんとか会話は成り立ちました。なんでも小学生の頃父親に連れられて伊是名島というところから南大東島へ入植したとのこと。伊是名島(こちら)をググって当時のお話をきいたり、権蔵池の話、旧空港の石をみんなで敷き詰めた話、キャラウェイさんの話などいろいろ伺いました。生ビール2杯飲んじゃいました。

今夜は牛肉ピーマン炒め。とライス。汁ものが付いてましたが小鉢はなし。どういうシステムかは分かりません。値段は一緒でした。800円+150円。

夜も更けて。
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ということで。離島の旅第4回 大東島旅行記(10)~7/11南大東島旅行記③~秋葉神社・南大東漁港・西港・いちごいちえetc~おしまい。続きはこちら(7/12南大東島→那覇)です。
※本日の諸費用7/11※
昼食代 800円(光食堂 親子丼)
ホテルよしざと宿泊費 36100円(3泊4日)
レンタカー代 27060円(うちガソリン代2860円)
夕食代 2150円(ビール600×2杯、牛肉ピーマン炒め定食950)
合計 66110円